ホーム > あのひとの、センタク。 > 黒柳徹子さんの、センタク。 > そのセンタクが「その後の人生」を大きく変えた

黒柳徹子

黒柳徹子さんのワタシの、センタク。

今のワタシが出来上がるまでのいくつかのセンタク

  • 第1回:女優として、仕事における二つの大きなセンタク
  • 第2回:その選択が「その後の人生」を大きく変えた
  • 第3回:新しい、違う世界に飛び込んで知ったこと
  • 第4回:80歳の今、次なる大きな選択は?
黒柳徹子
女優、タレント、エッセイスト、ユニセフ親善大使。1950年代から『ヤン坊 ニン坊 トン坊』『若い季節』『夢であいましょう』などでラジオやテレビで活躍、NHK紅白歌合戦の司会を務めるなど、多彩な才能を発揮。テレビ朝日『徹子の部屋』は1976年から39年間続く世界的な長寿番組としてギネスにも登録されている。

第2回:そのセンタクが「その後の人生」を大きく変えた

ニューヨークでのカルチャーショック、そして
新しいニュース番組のために帰国を決意

ニューヨークでは、期待通り、とにかく毎日、それはそれは楽しくて。演劇仲間も良い人ばかりでしたけど、何がカルチャーショックって、女性が自由だということでした。

自分に才能がある人はどこまでもその才能を伸ばすことができます。こういう生き方ってあるんだな、と思いましたね。それに、ブロードウェイに出て活躍しているような有名な俳優さんも、とても優しいの!天下のブロードウェイだし、皆、スターぶって威張っているのかしら、なんて思っていましたけれど、全然そんなことなくて。皆、普通の常識を持った上で、本当に素晴らしい芸術家ばかり!

その時「そうか。どんなに演技の技術があっても、人間ができていないとやはりダメなんだ。人間そのものが芝居に出るんだわ」と学んだんです。

でもねぇ、そんな素晴らしい人達ばかりなのに、ブロードウェイには、仕事がないという俳優がたくさんいるのも事実なんです。90%の人が失業してました。とても厳しい環境ですから、日本はこれに比べればずいぶん、恵まれているなとも感じていました。

そうこうするうち、日本から仕事のオファーが来ました。しかも女性がメインのニュース番組をやるっていうんです。

当時、ニュース番組に出演する女性といえば、アシスタントで、しかもご覧になっている主婦の方の反感を買うからと言って、主婦、または主婦だった人が紺のスカートに白いブラウス、みたいな格好で出てるのね。私は「主婦の経験もありません。紺のスカートもはきません。ですからダメです」ってお断りしたんです。

そしたら「違います。あなたのように、仕事をしていて、いろいろなことに興味を持っている、新しい感覚の持ち主に出て欲しいんです」って言われて。

でももう一回「白のブラウスに紺のタイトスカートもはきませんよ!」って念押ししたら、いや好きなもの着ていいから、って言っていただいたので、じゃあいいかなと(笑)。それをお引き受けするので、帰国を決意したんです。

テレビに映る人間の決意
もうテレビドラマには出ない

40歳になったころには、『徹子の部屋』と『ザ・ベストテン』、『世界ふしぎ発見!』の3本を始めていましたけれど、『徹子の部屋』を始める時に、テレビドラマに出るのはやめようと思ったんです。これは、人生の中でも非常に大きなセンタクだったと思います。

というのは、その頃、テレビドラマに芸者さんの役で出演していた時のことなんですけれど、ちょっとほろ酔い加減の芸者の役を上手にやると、小道具さんが「本当は一杯やってるんでしょう」なんて言うの!

私、お酒は飲まないし、大体、さっきあなたがとっくりに水を入れてくれたじゃない、と思ったのですが、「そうか、こんなに近くで見ているのに、芝居を観ているとそんな風に思っちゃうのか」って気づいたんですね。これで私がもし悪女の役をやったら、『徹子の部屋』をご覧になる方は、私が本当は悪い女なのに平気な顔して人に話を聞いていると思われちゃう。

テレビというのは、役柄がその人の本質だと誤解されてしまう怖さがあるから、テレビに出る人間として、人を混乱させてはいけない、という考えがありました。そのセンタクは、良かったと思いますね。

これまで、このセンタクは間違った、と思うものはありませんが、あえて言えば結婚しなかったことでしょうかしらね。20代から30代にかけて、結婚するチャンスは何度かあったんですけれど、結局しなかったものね。

もし違うセンタク、つまりは結婚をして、子どもを産んで、お母さんになっておばあさんになっていたら、全然違う人生になっていたでしょ? それも楽しいだろうとは思いますけれど、今、こういうお仕事をして、ユニセフなど、小さい子どもがたくさん、周りにいます。

仕事のほうがいい、と思って結婚しなかったわけじゃありませんけれど、タイミングや何やらで最終的には仕事を選ぶことになったから、それも一つのセンタクだったということですね。

このページについてシェアする


その他の黒柳徹子さんの、センタク。