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黒柳徹子

黒柳徹子さんのワタシの、センタク。

今のワタシが出来上がるまでのいくつかのセンタク

  • 第1回:女優として、仕事における二つの大きなセンタク
  • 第2回:その選択が「その後の人生」を大きく変えた
  • 第3回:新しい、違う世界に飛び込んで知ったこと
  • 第4回:80歳の今、次なる大きな選択は?
黒柳徹子
女優、タレント、エッセイスト、ユニセフ親善大使。1950年代から『ヤン坊 ニン坊 トン坊』『若い季節』『夢であいましょう』などでラジオやテレビで活躍、NHK紅白歌合戦の司会を務めるなど、多彩な才能を発揮。テレビ朝日『徹子の部屋』は1976年から39年間続く世界的な長寿番組としてギネスにも登録されている。

第3回:新しい、違う世界に飛び込んで知ったこと

引き受けるとき躊躇はなかったけれど
30年続けているのは、結局「センタク」

50代の大きな出来事としては、やっぱり1984年にユニセフ(国連児童基金)の親善大使になったことでしょうね。でもこれはセンタクというよりも、のちに国連高等弁務官におなりになった緒方貞子さんがユニセフに推薦してくださって、私も「やります、やります!」って二つ返事でお引き受けしたから、センタクというほどではないけれど、それから30年間続けている、やめないというのは一つのセンタクですね。

どんなことをするのか、何が起きるのか、最初は分からなかったということも大きいんですけれど、お引き受けする時に躊躇などありませんでした。

30年続けてきて、訪問地には内戦中の国が多くなりました。しかも一番危険なところを目指して行くんです。そういうところこそ、子ども達が一番犠牲になってしまう場所ですから。

鼻を垂らしたり、体中、おできだったり、栄養失調だったり、泥だらけだったりして衛生状態も良くない子ども達が抱きついてくるようなこともあります。「黒柳さん、そういうのイヤだなと思わないんですか」って聞かれることもあるんだけど、私、あまりそういうことを思わない質(たち)なのね。

それを母に言ったら、「そうでしょうとも。あなたは小さいころから、毛が抜けて汚い子犬を可愛い、可愛いって拾ってきて、『皆が捨てなさい、可愛くないから!』って言っているのに、一人で、いや可愛いって抱いてるんだもの」って母が言ってました(笑)。

カンボジアもルワンダにも行きました。遺体が道ばたにごろごろ転がっているとか、子ども達は泥のような河の水にそのまま顔を突っ込んで飲んでいるとか、そういう、見なくていい場面もたくさん見ました。

悲惨ですが、それを見て怖いというよりも、とにかく殺された方たちが気の毒だという気持ちのほうが強くて…。殺された人達は皆、私たちの子どもはどうなるのだろうと思いながら亡くなっていったはずなんです。

タンザニアで出会った「トット」ちゃん
それは運命だったかもしれない

ユニセフの親善大使を30年続けている人は現在いません。この機会をいただけたことは、本当に有り難かったと思っています。もし世界の子どものことを知らないで、「芸能人」というだけで終ったら、ずいぶん残念な一生だったろうな、と思います。

親善大使になったのは、『窓ぎわのトットちゃん』を出版して数年後ですけれど、あの本はとにかくベストセラーになりました。

日本国内でも770万部以上発行されているんですけど、それだけ本が売れると、(トモエ学園の)小林先生はどこにいるのか、なんてことから始まって、ありとあらゆるところから、質問やら取材やらが来ました。社会現象と言われました。本当に忙しくて。あと一つ、これ以上誰かが私に質問したら、もうダメ!(笑)って思いました。

でもね、三年後、親善大使になって初めて訪問したタンザニアで驚くような出来事があったの。最初に小学校を訪問した時、先生が子ども達に向かって「なんとかかんとかトット!」って叫んでいたのね。

「トットちゃん」の本のことなど知るはずもないし、と思っていたら、何と子どものことをアフリカで一番使われるスワヒリ語で、「トット」と言うんだそうですよ。私は子どものころ、トットと呼ばれていたのですから、世界中の子どもに関わることになったのは運命だわ!と感じた瞬間でした。

次のセンタクは、「これからどのくらい続けていくか」ということでしょうね。先だってもカンボジアで、空港からクルマでデコボコ道を10時間も走った上に、「橋がないからこのメコン川、渡ります」って、クルマのエンジンを使ったおんぼろの船に乗って。そして岸に近くなったら今度は「桟橋がないから、この崖を上まで上ります」って言われて、さすがに思わず「えーー!?」って声に出ちゃって(笑)。

この年で、こんなことしてる人って、そうそういないわよね、10年後にも登れるかしら、なんて思ったんですけれど、同行して写真を撮ってくださる田沼武能さんは私より年上でして、彼がやめるっていったら、その時は考えようかな、と思っています。でも、田沼さんはやめる気なんか、さらさらなさそうですけれど。

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