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黒柳徹子さん×南こうせつさん ワタシたちの、センタク。「やすくて、高い、ジェネリック」篇 長年にわたり愛され続ける番組や様々な活動でご活躍の黒柳さん。 ずっと歌い継がれる楽曲を生み出されている南さん。 今回、新CMの撮影後に行われたインタビューでは、CMのテーマである 「○○しやすさ」といった“相手への心遣いや優しさ”について、 そして、一貫してこだわってきた「高いクオリティ」について、 おふたりがどのようなことを考え、これまでどんなセンタクしてきたのか? いろいろなお話を、楽しいエピソードなどを交え、語っていただきました。 ――今回の撮影を終えてのご感想をお願いいたします。 黒柳徹子さん(以下、黒柳さん) 私たちの後ろの緑がキレイですよね。これは(長野県の)白馬なんですって。 南こうせつさん(以下、南さん) そうなんですね! 黒柳さん 緑がね。本当に良かったです。やっぱり自然を背景にしたコマーシャル撮影っていうのは、仕事でも普段あまり行くことがないので、そういう点では気持ちがいいですよね。自然の中って、本当にいいなって思います。南さんはどうでした?そうだ、あなたは自然が好きだものね。 南さん はい。僕はもともとが田舎暮らしをしていますので。やっぱりあれだけ緑に囲まれたところでね、黒柳さんとお話をしながらのコマーシャル撮影、本当にリラックスできました。CMのお仕事でなければね、あのまんまお茶したりコーヒー飲んだり、お酒飲んだりしてね。 黒柳さん そうそう! 南さん もっと居たい感じでしたよね。あれで、今度は蝶々が飛んできたり、トンボが飛んだりとか、鳥が来たりするとね。 黒柳さん 本当に気持ちがいいと思いましたし、「素敵な風が吹いている」っていうようなコマーシャルになったと思うので、そのへんが良かったと思います。 ――黒柳さんのお洋服ですが、スタッフの間でも「素晴らしい!」と 話題になっていましたが、ぜひ、ポイントを教えてください。 黒柳さん 私いつもオーバーを着ているんだけれども、寒がりでね。これはもう偶然なんですけれども、私のことを良く分かっていらっしゃるお洋服屋さんが、ちょうどこれからの季節に着るオーバーを作ったところだったんですね。それで、そのお洋服を借りてきて下さったんです。これ全部「スモック」っていうやり方で、ひと針ひと針手縫いで布を留めてあるんですよ。そして留めたところ全部に、小さいビーズが付いているの。あと、立て襟と襟の下の部分と手首のところに、本当に細かいバラや柄なんかが手で刺繍されている古いおリボンがずっとついていて、それで、女の人らしい感じのちょっと大きめのレースもついていたりして。それでいて、そんなに華美ではないようなね。私の大好きな趣味のお洋服だったんで、すごく良かったです。 ――すごく上品なこだわりが、たくさんありますね。 南さん ベージュ系の色の真ん中に、アクセントとしてグリーンとちょっとピンク系の 差し色が入っていて。あの色彩が素敵ですね。僕も、すごく好きです。 黒柳さん そうそう。お花の柄のね。スモックって昔、子どもの頃とかにみんな着ていたかと思うんですけど、絞りがいっぱいになっている部分は、生地を全部留めてできているからね。 南さん 解いたら、バラッと大きな生地に広がるっていう感じですか? 黒柳さん 大きくなっちゃうと思う。 ――重くはないんですか? 黒柳さん ぜんぜん重くはないです。気持ちのいい感じで。色も、なかなかあのような色というのは無いですものね。だから、今日のお洋服は本当に皆さまに見て頂きたい。名前を言ってよければですが、「田川啓二さん」っていうビーズ刺繍のカリスマの方が作った洋服なんですけど。それで、1個1個に全部ビーズが付いているんです。見えない所まで。 南さん 手間がかかっていますね。 黒柳さん そう、手間がかかっているんです。手縫いだから大変ですよね。 ――CMの背景にある、緑の自然にも栄えていました。 南さん なんかリラックスしますね。ああいう色彩とこの黒柳さんのお洋服の生地って。 黒柳さん そう、真っ白じゃなくてね。それでいて山だからちょっと暖かそうなというか。自然の中であんまりピラピラしていないという感じが丁度良かったなと思いまして、ホント、自分でもびっくりしていました。 ――南さんの洋服のポイントも教えていただけますか? 南さん これはもう、自然の中でシャツ1枚!これがもう自然に似合う一番のおしゃれですね。私も普段田舎にいるときはね、本当にダンガリーのシャツ1枚とかね。まあ特に白いシャツ1枚っていうのは、なんかこう、そのままの自分に出会えるっていう感じがしますね。うれしいですね。あのシャツもよく見ると、ちょっと縫い方にこだわりがあるんですよね。FRAPBOIS(フラボア)というブランドの今年の新作なんですよ。 黒柳さん へえ、そうなの。すごい! ――今回のCMのメッセージに「東和薬品のジェネリック医薬品は、 患者さまにとって、お薬が“飲みやすく”なるために、 様々な工夫をしています」とありました。 そんな“相手への心遣いや優しさ”としての「○○しやすさ」という点で、 おふたりが心がけていらっしゃることはありますでしょうか。 黒柳さん 『徹子の部屋』では、みなさまに様々な話をしていただくのですが、全員が全員、今日お話ししたくてたまらない!っていう話があるわけではないんです。だから、私はその方が「話しやすい」と思える雰囲気をつくることが求められると思うんですね。そういう時には、まず“着るもの”ですよね。例えば、私が頭ぐしゃぐしゃでどうでもいいお洋服を着ていたら、みなさん話しても話さ なくても同じだなって思っちゃうと思うんです。だけど私がちゃんと玉ねぎ頭を結って、その方に合わせたお洋服を選んでね。まあ、お洋服はいつも自前でやっていますので確実に合わせているんですけど。これまで1万人のゲストを相手にしたので、1万枚のお洋服を着たことになるんですよ。 南さん すごい! 黒柳さん そう、同じお洋服は1度も着たことがないの。あと、男性のゲストの場合はあまり派手なお洋服を着ていたりすると、それだけでびっくりしちゃってお話が出ないって場合もありますので…だから、ゲストがショックを受けないようなお洋服を選ぶんです。小さなショックでも受けない方がいいと思うので。そういうちょっとしたことで、お話がどんどん出てくるかどうかが決まるんですよ。女性のゲストの場合は、みなさん新しいお洋服を来ていらっしゃったり、新しい着物なんかでいらっしゃったりするので、着物なんかの場合は「帯の後ろをちょっと見せてください」とか「そのお着物は特別な意味があるんですか?」と聞くんです。それから、靴なんかでもそう。お洋服は見れば分かるけど、テレビの場合、靴はほとんど見えないんです。みなさんすごく洒落た靴を履いていらっしゃるのに。この間も、マッチが相当いい靴をはいていたから「マッチ、いい靴履いているね」って言ったんです。そうするとポーンと靴だけカメラで映せるので。そういうのって、わざわざ『徹子の部屋』ためにゲストの方がしてくださった努力ですよね。それは全部見逃さないようにって。まあ、話がよっぽど込み入った場合はそんなことはしませんが。でも、そういうことが話を引きだすことのひとつにはなると思うんです。「そこも分かってくれたんだわ」って思ってもらえるのは大事だって思うんです。 あとは、喋り方。やっぱり、どんなに若いゲストの方でも敬語は使うということにしています。私は結構、敬語を使うんですけれども、わりとそそくさと使うので、そんなに目立たないんです。以前、国語学の文学博士として有名な大野晋先生に「テレビに出ている人で、黒柳さんほど上手に敬語を使う人はいない」って書いていただいたことがあるんです。ほら、この頃は“おっしゃった の”とか“いらっしゃったの”とか、そういう言葉って使う人が少ないでしょ?“言ったの”とか“来たじゃない”って言うでしょ。 南さん そうそう。 黒柳さん そういうのが普通になっちゃっているから、私が「いらっしゃったの」って言ったらみんな驚くかもしれないけれど、そういう所は全部敬語を挟むようにして、どんな若い方でもきちんと敬語を入れるように、というようにはしていますよね。そういう部分でも少しでも気持ちよくお話をしていただきたい。それから、下調べはものすごく厳重にしています。『徹子の部屋』は生放送と同じようなものですから、下調べをたくさんしておかないといけません。全部聞いていると時間がなくなっちゃうけど、そうしておけば、ここはポーンと飛ばしてこの面白い話をしていただこうとかできるのでね。ディレクターがゲストについて調べてくれるんですけど、それを金曜日に“1人につき1時間”かけて打ち合わせをするんです。番組は毎回6本ずつ撮っていくので、6人分で6時間かかる。打ち合わせだけでも相当大変ですよね。 南さん うわー、すごい予習ですね。 黒柳さん ディレクターが調べてきたことを全部聞いて、A4のメモ用紙にだいたい13枚ほど手書きするの。それを番組で手元に置いておくと、座ったゲストの方が「まあ、こんなに調べて頂いて申し訳ありません」とか、「日本料理のメニューみたい」だとかおっしゃるんです。 南さん “お品書き”みたいな感じですかね。 黒柳さん そう。だけど、そういう風に相手のことをよく調べておかないとね。いい加減にしていると、やっぱり上手くいかないですよね。だから、よく知っている人でもきちんと打ち合わせをやる。やっぱり丁寧に番組を作っていくことはとっても大事だと思っていますね。でもね、本当によく知っている永六輔さんのことを打ち合わせするのに1時間もかけるのはもったいないと思うけど(笑)。 南さん あはははは(笑)。 黒柳さん それと、いつも頭を変えずに“玉ねぎ頭”にしているのはなぜかって言うとですね。まず一つ目に、例えば私が頭を下げたり、上げたり、モシャモシャにするとね、見てらっしゃる方は「ちょっと今日の黒柳徹子さんの頭見て!すごい似合わないわ」とかって、そういう話が最初にきちゃうのが嫌なの。もうゲストの方がお話を始めてくださっているのに、テレビの向こうでは視聴者のみなさんが私の頭のことをなんだかんだおっしゃっている。それって、阻害されるじゃないですか。だから、頭はいつも玉ねぎで同じに。顔と頭は別に見て頂かなくて結構ってね、そういうつもりで変えていないんです。それともう一つ。玉ねぎ頭のよさはですね、『ザ・ベストテン』の時でもずっとそうでしたけど、司会者って、だいたい後ろから映されることが多いんですよ。その場合、首が出ていると「はあ、はあ」とか「あらら」とか言ったときに、ちょっと肌が出ていると反応が分かりやすいじゃないですか。私がもし髪の毛をおろしていたら、分かんないでしょ?だから司会者のときは髪を上げておいた方がいいと思っているんです。『世界ふしぎ発見!』はお着物だからあの頭なんですけれども、やっぱり司会なんかをするときはバサバサしていない方がいい。なんでずっと玉ねぎをやっているのかというと理由はそういうことです。あと、髪の中に飴も入れられるしね。 南さん あはははは(笑)。 ――南さんはいかがですか?コンサートにファンの方が来ていただきやすい ように工夫されていらっしゃることなどはありますか? 南さん 僕は歌を歌うのですが、相手はお金を払って来ているんですよね。お客さまに対して、お金以上に何かを差し上げたい!と思いますよね。そのためには何が一番大事かというと、歌を歌う時に、歌いたくてしょうがない!っていう環境をつくることで、自分が本当に「歌いやすく」するということです。たとえばステージの30分くらい前には、仕事だから歌うんじゃなくて、早くあのステージに立って歌いたい!と思える環境を作ることに専念しています。アマチュアと同じですね、歌いたい!早くみんなの前で歌いたい!ってね。競馬で馬がパドックから早くコースに出て走りたい!というのじゃないけど(笑)。 黒柳さん いつも『徹子の部屋コンサート』に出ていただいていますが、みんなが言うには、南さんはコンサートのはじめからずうっと舞台の袖にいて、すぐ出られるように!という感じで他の出演者の方の歌を聞いていらっしゃいますよ、って。普通はね、ギリギリまで楽屋にいて、出番になったら行くっていう方が多いのに珍しいなって思うんだけど。そうやって、いろいろと準備なさっているんですね。 南さん だって、楽しいんですもん!歌が仕事になっちゃうと「まあ、今日は歌いたくないな」とか思っちゃうんだよね。歌手でも、忙しすぎたり体調が悪かったり、他にもいろいろな理由で「もう二度と歌いたくない!」って大好きなはずの歌を捨てちゃう人もいるんです。それで人気がなくなって10年20年過ごしていくうちに、「やっぱり歌が好きだったんだ!」とまた出てくる人もいますけど。でも僕はそうならないように自分で工夫して、歌いたい!と思える環境をつくっていきたいですね。昔、ラジオから曲が流れてきて、「あーコピーしたい!」「あれはどんなコードなんだろう?」と思って、友達の前でジャラーンとギターを弾いて歌ったあの時の感じですよね。いつも音楽にときめいていられる自分でいられるように。いい意味での“アマチュアリズム”。だからうちに帰ったら、むしろ音楽は全然聞かないんですよ。 黒柳さん あらそうなの!? 南さん ええ、もう全く聞かない。それで、飛行機に乗って東京に行くときにパッとイヤホンつけてね。飛行機の中で聞けるいろいろな音楽を聞いて「おおー!こりゃいい!」ってなるんです。歌謡曲を聞いてもいいし、クラシック部門とかもあるじゃない?あれも聞いてみると「おお、これはいいメロディーだ」とか。今度はミュージカルなんかを聞いて「ああ、これもいい!」って、全部に感動しちゃうんです。そんな風に自分で環境をつくるようにしていますね。 そんな風に過ごしていたら、この間ホトトギスのメロディーが、ショパンのピアノ協奏曲の2番に聞こえてきていたなあ。絶対ショパンは、ホトトギスの声を聞いてこの曲を作ったなって思った。だって、同じなんだもの。 黒柳さん ええー、本当に!? 南さん そういう風に聞こえてくる。でも、ずーっと仕事で聞いていると…。まあ、そういう天才的な人もいるかもしれないけど、僕は無理ですね。 黒柳さん でも、ショパンの『雨だれ』なんかは、あの人が恋人のジョル・ジュサンドと島に行った時にその恋人が帰ってこなくて、待っている間にポトポトポトポトって雨が降っているのを聞いて、『雨だれ』って曲をつくったっていうから。やっぱりそういうものなんじゃないですか。環境に影響されることがあるんじゃないですかね。 南さん なるほどね。あと、コンサートの時は、この楽曲がどうしたら活きるかということを後ろのバントのみんなとアイデアを出し合っていくミーティングをよく やります。リハーサルで「このフレーズはすごくいい」という部分があっても、もっとよくするためにみんなでワーッとアイデアを出していく。そこから「これは複雑すぎるからもうちょっとシンプルに」と話し合ったり、つねにそんな工夫をしていますね。あと“曲順”というのがあって、1曲目は何をやる、次はこの曲を…とかを決めるんですけど、これは毎回変えますね。例えば山形でコンサートをやるっていう時は、山形の空港に着いたときの空気、あるいはコンサートホールに向かって街を歩いて行くときに「あ、今日は『神田川』をアンコールにしよう」とか、「一曲目にしよう」とかね。 ――今回、CMのもうひとつのメッセージとして「東和薬品は “原薬(※)からこだわる”など、高い品質のジェネリック医薬品に 取り組んでいます」とありました。そこで、 黒柳さん、南さんがお仕事やプライベートで意識していらっしゃる 「高いクオリティへのこだわり」には、どんなものがありますか? (※)原薬:お薬の効き目のもと 黒柳さん 南さん、あなたは何かある? 南さん 僕は、ある歌手に曲を書こうとする時には、その人がもっとキラキラと輝きが増すように、その人の輝きを引きだせるように、というところを一番心がけています。派手な曲とかそういう意味ではなくて、もっとしっとりとした愛の歌を歌うとその人の良い所がでるんじゃないかな?とか。あるいは、普段、静かな曲を歌っている人には、もっとリズミックで激しい曲を歌ってもらうとその人のキラキラしたところが出るんじゃないかな?というような感じで考えています。そのアーティストがもっと輝ける歌、そういうところはありますね。 黒柳さん そうなんだ。 南さん 「歌う」という部分でいうと、言葉を相手にきちんと伝えるために、例えば主音に気をつけるとか。自分の事だと、中音域、低音域の音程をきちっと聞かせると、歌が安定して聞こえるんですね。普通は、みんな高音がふらっとしないようにっていうことばかり気を遣うんですけど、実は低音なんですよ。低音がしっかりしていると歌が上手く、しっかりと聞こえますね。低音って、わりとみんななおざりするんですよね。きちんと音が下がりきっていないとか。そうすると下手に聞こえちゃうんですよ、聞いていても落ち着かないような。だからそういった所はライブでもすごく気をつけながら、こだわりながらやっていますね。 あとは、ギター。僕が最初に手にしたフォークギターは、「マーチン」っていうメーカーのD-28モデルというのがありまして。それは、本当に僕の中の宝物をつかんだような感じで。形も好きでこだわってはいるんですけれども、その時の音がすごく大好きでね。そういう音をさらに追及していった、ヤマハの「カスタム」っていう僕用に作ってくれたギターがあるんですけれどね。その材質がハカランダっていう木を使っているんですよ、インディアンローズウッドっていうのかな。そういう材質を使ったギターというのはやっぱりいいんですね。音がすごくいい。僕がマーチンのギター買った時と同じ1950年60年代以前に作られたビンテージのギターと同じ材質を使って、僕用に作ってくれたギターなんです。本当こだわってつくられていましてね。そんな音のいいギターを好んで使っています。 黒柳さん 私は、こう言って何ですけど、自分の子どもに絵本を読んであげられるお母さんになろう!と思ってNHKの試験受けて、たまたまテレビ女優第1号になっちゃったんです。はじめから、自分の子どもに絵本読んでやろうというくらいの気持ちで行きましたので、その後も変わってなくて、自分に子どもがいたとしたら、『この番組は見せられるだろうかどうだろうか』ということは、いつも品質の基準にしていますね。番組の内容が分かんないかどうかは別にしても、子どもに見せられないようなもの、それから例えば、戦争に賛成するようなもの、平和がなくてもいいと思わすような番組には出演しないできましたね。やっぱり子どもに見せても大丈夫!というものだけを選んで出できたと言っても いいと思います。私は、特に子どもにはいいものをあげなきゃいけない、っていう考えを持っていますので、小さい子どもが見るものほど、できる限りいいものを、それこそクオリティの高いものを届けたいと思いますね。だから私、ディズニーっていう人が好きなんですよね。 南さん なるほど。そうなんだ! 黒柳さん あの人はもう、本当に子どもたちに極上のものをあげようとして頑張った人でしょ。だからディズニーのものは、絶対子どもに見せても大丈夫だと思いますよ。そういうのを見ているとやっぱりすごい!だからあれだけの人気があるんだなと思いますよね。 このごろテレビを見ていると、うんと若い人でもテレビをナメてるというのではないけど、テレビに出慣れてしまって、テレビに出ることは平気!という風な感じでね。お客さまをあまりお客さまとも思わないような感じで出ている若い人なんか見るとね、ちょっとガッカリしますね。やっぱり何回出ようとも、そこで見てくださる方たちをやはり大事に、そして、これを見ていただきたいんですっていう気持ちがどこかにちゃんと入っている番組でなければ放送すべきじゃないと思っているので。何百万人とかう方が見てらっしゃるものですし。それで自分が嫌だったものには出なきゃいいんですからね。自分が出たいものにだけ出て。 南さん うん、その通りですよね。 黒柳さん やっぱり自分でいいと思ってやんなきゃダメですよね。当たり前ですけど(笑)。人が言うからやんなさいというのではなくて、自分がほんとにいいと思ってやらないと。だからって、視聴率っていうものを私ほど気にしないでテレビに出ている人間はいないと思うんですけどね(笑)。一番最初っから。 南さん でも長寿番組っていうのは、視聴率が獲れないと長寿にならないから(笑)。 黒柳さん 私が思う分には、視聴率を考えて出てはいないんだけど、自分が本当にこれがいいと思ってやっているものが自然と視聴率につながって長く保っていけるのだとすると、やっぱり自分が好きで、いいと思ってやることが必要だと思うんですよね。 南さん でもそれが、すごい長寿につながっているということが、救われますよね。要するに、そうやってきちんと向かい合ってつくったものに対して、大衆が視聴率で長寿番組にしてくれるということは、捨てたもんじゃないというか、素晴らしい!と思いますね。 黒柳さん そうそう。本当にそう思います。 南さん やっぱり、どっかでちゃんと見ているんだよね、見ている人というのは。 黒柳さん そうですよ。だから私、ジェネリックの(CMの)お話をいただいた時に、はじめは知らなかったんですけど、それについて勉強して「なるほど。それだけ人が研究したものを、みんなが買える安い値段でちゃんと安全に飲めるお薬って素晴らしいことだな」と思いましてね。こういうコマーシャルをやっていることが嬉しいなと思っています。 ――では、次の質問です。今回のCMでは、東和薬品が取り組む “患者さんにお薬を飲みやすくする工夫”などが紹介されていましたが、 今、おふたりが不便に感じてらっしゃることとや、あれがもっとこう 「○○しやすい」ものになったらいいのに、というものはありますか? 南さん それでいうと、おうちでコーヒーを淹れる、あのポトポトって落としてつくるあれ!コーヒーフィルター?ドリップコーヒー?その仕組みがメーカーによって全部違うんですよ。あとは、おにぎりの包装!もう毎回面倒で、僕なんか全部広げて海苔も出して、ご飯をまんなか置いてから包んでいる。おにぎりの会社によって、引っ張る場所とか全部違うんで大変ですね。 黒柳さん あれね。会社によって出ているんだろうけれど、あれは全部同じ仕様にしてもらいたいわね。 南さん そう。そう。 黒柳さん それからエレベーター!エレベーターはね、もう全部同じところに閉めるだの開けるだのボタンを付けて欲しい。全部のエレベーターが違うからね、知らないところへ行ってエレベーターに乗るとね、もう大変ですよ。人が挟まれそうになっても助けてあげることもできないで。 南さん そっか。それは、いままで気にしてなかった! 黒柳さん そうなの!「クローズ」とか「閉める」とか、日本語で書いてある時もあるし、三角がこうなっていいたら「開けろ」っていうのか「閉めろ」っていうのかが分かりにくいものとかね。それが上の方にあったり下の方にあったりするわけですよ。だからね、ああいうのは電機会社が全部集まって相談してね同じにした方がいいと思う。それは電気の無駄にもなると思いますよ。だってみんなが 違うとこビービー押したりなんかしているんだから。 南さん おにぎりのだってね!梱包するんだったらみんなメーカーがひとつにまとめてさ、著作権も誰かと何とかしてね。業界みんなの利益になるんだから。それからコーヒーの方も。横に開くやつがあったり、なんか独特の形でコップの上に乗っけるタイプとかもあるけれど、その開き方とかが全部が違う。あれはもう、本当にイライラするしね。 黒柳さん みんな、自分のとこのが一番いいと思ってやっているんですよね。 南さん そう、もうみんなが話し合ってこうしましょう!って、一個にすればさ。使う人の目的は同じなんだから、「美味しいコーヒーを飲んでもらう」という内容で勝負すればいいんだから。こんなところで勝負しなくても…。 黒柳さん でも、エレベーターのボタンぐらいはほんとにね。これから先、電気がもったいないじゃないですか。あれ全部が同じだったらすごく素早く行くのにね、乗ってくる時に挟まれそうになった人を、みんなで押さえたり何だかんだするために、電気がすごく損しているんですよ。だからこれからは、電力をますます大事にしなけりゃならない時代ですのでね、エレベーター作っている各会社はみんなで相談して、同じにしましょうって話し合ってほしいの。 ――では、最後の質問です。おふたりの普段の生活やこれまでの人生において、 だれかに“センタク”してもらったという思い出や、 ご自身が“センタク”されるということへの秘訣などはありますか? 黒柳さん 私はNHKに、新聞の募集を見て絵本を読む人になろうと思って試験を受けに いったんですけど、NHKでは、テレビに出る人を募集していたんですね。私はお母さんになるつもりで入ったんだけど、向こうが私を採用してくれたんですよね。6000人のなかから13人が残ったんですけど。それは今思うと、これだけ仕事を長くやってきて、こういうことがあったからユニセフの親善大使もできていろんな国で子どもたちに会うこともできたのでね。そういうことからすると、私を最初に選んでくださったNHKの方々に心からお礼申し上げますよね。私を落としたって、どうってことなかったんですから。 ――どういうところが“センタク”されたポイントだったと思いますか? 黒柳さん それは全然わからない。あ、言われましたけど、現場の人がいたら絶対私を選ばなかったと思いますよ。選んだのはね、局長とかそういう大人の人だったんですよ。それで、私が言っていることがなんか面白いと思って、これからテレビっていうものが始まるのにあたってこういう子は一人ぐらいとっておこうと思ったんでしょ、きっと。他の一緒に入った娘たちは、みんなもう学生演劇なんかをやっていて芝居ができたんですよ。だけど私は音楽学校を卒業する時に行ったから、オペラの歌なんかは歌えましたけど、何も演劇できないのに。それでも入ったら、1年養成してあげますって書いてあったんですけどね。 にも関わらず、NHKの問題は全部、放送に関係のあることだったんで0点だったんですよ。だけども、後でわかったんですけど、“テレビ”っていう新しい仕事が始まるし、まあ一人ぐらいこういうのを採用しておこうというようなことで私を取ってくれたらしいんですよ。 南さん へえ。そうか。 黒柳さん これは受け持ちの先生から後で聞いたのだけど、「あなたは採用された理由わかりますか?」って聞かれて。先生から「無色透明だったから」って言われたの。こんなに何にも知らない子は一人ぐらい取っといたらテレビって新しい仕事を教えるのに、教えやすいかもしれないってとってくださったんですよ。でもそ れは、NHKの上層部の人。ところが実際のディレクターやなんかは、私が現場に行ったら本当に困っちゃって。もう「個性が邪魔」って言われてね。ラジオもテレビも1年間ずーっと降ろされていましたから。でも私はそういうもんだと思って…。 南さん え?『夢であいましょう』の前ですか? 黒柳さん 前です、前です。うんと前。はじめの1年間は養成期間みたいな感じで。通行人みたいなちょっとした役をやったりね。でも通行人をやったりするとね、「声が邪魔だ」ってね言われてね(笑)。放送劇団っていう所に入ったんですが、他のみんなは、ガヤガヤガヤガヤするのがうまいんですよ!ガヤガヤするときに、なんだか目立たせようとしているんじゃないけど、私1人だけ目立つの。そうするとラジオを聞いてらっしゃる方は、この目立っている人は後で出てくると思うわけ。でも、出てこない。だって、ガヤガヤする通行人なんだから。そこで「あなただけ離れて」って言われて、みんなマイクの側でガヤガヤやっているときに、私だけ5メートルくらい離れちゃってね。一番初めに行った時は、くだらないんだけどね、主役の人がマイクの前で話していたんです。その周りにガヤガヤの人がいて、そこで誰か倒れるんですよ、終戦引き上げかなんかのシーンで。それで「どうしたんですか?この人、見たことありますよ。119番呼んだ方がいいでしょうね」とかちっちゃい声で言うの。すると、なんとなく不安な状況になるの。それを、私は人が倒れたから大変だって思うから「どうしたんですか!」って普通のおっきい声で言うから。そしたら音量を調整するおじさんがすごく驚いて、ガラスの向こうにいる人もすごく驚いて、「はい、そのお嬢さん、膨らんだスカートをはいているお嬢さん、ちょっと5メートルくらい離れて!」って言われてね。私5メートルくらい離れたところから「どうしたんですか!!」なんて言うとね、次は「10メートル離れて!」ってね。一番離れた時はね、私ひとりだけスタジオのドアのところから「どーしたんですかー!!」なんてやってね。「君もう帰っていいよ」なんて言われたりしてね。ラジオは毎日そんな感じで。私も頭が悪くてね、もうちょっと声をひそめてなんとなくそれらしく雰囲気をすればいいのに、今だったら出来ますけど、その 時はまだ分からなかったの、そういうことが。それでしまいには、ラジオの現場に行くと、「あ、来ちゃったの?」なんて言われてね。「帰っていいよ」って言われていたんですよ。でもまあ、月給はNHKがくれるってことになっていたんでね。一時間59円でしたからね、あの頃。伝票がでるんですが、みんな私に「帰っていいよ」って言いながらも「でも伝票はつけとくからね〜」って、言ってくれて。親切ね。1時間59円でも、2時間いれば百いくらかにはなるじゃない? テレビの方はテレビの方で、後ろを通行する人の役をするとね、例えば当時は歌手で女優の笠置シヅ子さんという方がスターだったんですが、♪東京ブギウギ〜、って歌っている後ろを、スッと通る町の娘っていうので、スッと通ろうと思うんだけど、魚屋の前でそんな歌を歌っている人がいたら、ちょっとおかしいじゃないですか。だから、歩きながらちょっと見るじゃない。そうすると上からすごい大きな声で「今後ろ通っている人、見ないでスッと行ってスッと!」って言われちゃうの。すみません!言ってもう一回やるんですが、その次はスッと通るとね、「こんな四角い小さい画面のところでスッと行っちゃうとね、何が行ったんだかわからない。もっとね、映るように。だけど、前にいる人のことをジロジロ見ないで、前方に用ありげに。それで長くこの画角に映っているように。足を盗んでゆっくり行くように」っていろいろと言われるんですよ。でも、そんな難しいことできないじゃないですか。それで、こうやってそっと歩いてったらね「忍者じゃないから!」ってまた怒られたの。 南さん (大爆笑) 黒柳さん それでしまいにね、笠置シヅ子さんが言ったの。あの当時は、全部が生放送だったんですが。笠置さんが「♪今日も朝から〜」って生で歌っているのに私がそんな感じで何度も止めるもんだから、笠置さんに「ごめんなさい」って謝ったんですよ。そしたら笠置さんってすごくいい方で、「大変でんなあ」っておっしゃってね。 南さん はっはっは。 黒柳さん 生まれて初めて聞いた大阪弁だったのよ。「『大変でんなあ』っていうんだなあ」って思ってね。それでまた「帰っていい」と言われて。テレビもそんな様子で。それから初めて『ヤン坊ニン坊トン坊』っていうラジオが始まるときに、NHK始まって以来のオーディションだったんですが、一番にトン坊に決まったんです。そこで、それをお書きになった劇作家の飯沢先生という方とお話したんですが、「私、個性が邪魔だって言われていますけど、個性は引っ込めますので!」とか「とにかくお邪魔にならないようにしますので!」っていろいろなことを言ったら、飯沢先生が「そうじゃないよ、君の個性が欲しいからとったんだ。君はそのままでいてください」っておっしゃってくださったんですよ。 南さん へえー。 黒柳さん 「えー!このままでいいんだ!」って思って、それですっかり喜んでそのまま現在まで来たっていう感じなんです。個性っていうものはいらない!って言われていたのに、だいたい昭和29年ごろから世界が個性化時代っていうのに入ったんですよ。新聞なんかにも“個性化時代”って見出しが出てきたの。そしたらね、「個性を出して!」ってみんなに言われるようになって。でも、「引っ込めて」って言われるのも何だか分かんなかったけど、逆に「出して」って言われるのも何だか分かんないなと思って。そんなところに「君のままでいいです!」っていう方が1人いらしたんで、それまで誰も言ってくださらなかったんですけど飯沢先生だけがおっしゃってくださったから。じゃ、これでいいのかと思って。それからは、そのまま。だから、1人でもいいから理解してくれる人がいるというのは必要だと思いますよ。 南さん うーん。そうか。なるほどね。 黒柳さん 私は1人でもいればいいと思いますよ、そういう方が。南さんは、そういう方はいらっしゃいます? 南さん 僕の場合は、どちらかと言うと我々のジャンルっていうのは自分たちで、今まである既成の流行歌に対して、ものの作り方、プロモーションの仕方、全部に反対するわけじゃないけど、自分は商品じゃなくて「アーティスト宣言」をしたんですね。だから曲を選ぶのも作るのも全部が自分の意思。テレビやラジオに出るかどうかを“センタク”するのも全部自分の意思。コンサートのポスターからジャケットデザインまで全部自分の意思が入っているんですよ。他人任せじゃない、という。当時の僕らは“フォークソングの時代”っていうんですけど、そういう時代を吉田拓郎も井上陽水も、みんなでそれをやってきたんですね。そういう意味では、ずっとそういうことをやり通してきたから癖がついてきた。自分で全部選ぶっていう。任せられないっていう。 黒柳さん フッフッフッ(笑)。自分でやっちゃうって、それもよくわかります。 南さん それで40歳くらいになってこう、長いことやって、二十歳から30代が過ぎてずっとライブを中心にいつもやってきたんですけど、お客さんの数も減ってきたりするんですね。それでNHKのゴールデンでレギュラー番組をいただいたんで、久しぶりにテレビに出た時があって。エンターテイメントの番組だったんですけど。その時に『神田川』を歌ったんですよね。ずっとライブでも嫌だったんですよ。あの歌を歌うと貧しい歌だなんだ、いまだにあの歌に頼ってんのか、という感じになるので。その頃に、あの歌を歌ったんですが、そしたらNHKにいっぱい手紙がやハガキが来て。「あの歌は私たちの青春の歌で、すごい勇気をいただいた」とか「思い出深かった」とか。自分の予想に反していっぱいいただいたので、ああやっぱりこれはありがたいことだと。 黒柳さん 歌うべきだ、と? 南さん そう。いつも、自力本願ばかり考えていたけど、“運命”に任せるっていうのかな、そういう包容力や、寛容な精神を持つことも大事なんだっていうことに気がついた。運命に任せるって、他力本願ですよね。でもそういう考え方も大事なんだっていうのを学びましたね。川の流れの中に抵抗するんじゃなくて、私を好きなところに連れて行って、っていう感じ。その時に、崖っぷちや滝の下に落ちようが、そういう“センタク”があの時にできたというのが意外といい方向へ来て。だから仕事がワーッっときた時に、今までは全部自分で“センタク”するから、これはいい、これは悪いとかやっていたのを、全部「YES」に変えてみた。仕事がくるのは僕を必要としてくれているからくるわけじゃない?それに対して「YES」っていう考え方にしたの。だから、何でもとにかく受ける。僕が必要とされているからこの方はコンタクトをとってくれたんだ、と思って、それに対しては全部聞くことにしたんです。 黒柳さん だってさ、“歌は世につれ世は歌につれ”っていうんですから。やっぱりね、『神田川』はみんなが歌ってほしいと思っているんだからね、それは歌わなきゃ。いい歌ですよ。 南さん あははは(笑)。あれは、本当に変わりましたね。徹子さんが久米さんと『ザ・ベストテン』をやっている頃は、まだ自力本願で頑張っている頃だから。 黒柳さん だから、出ないって? 南さん あの頃、『夢一夜』で1位になっていたんですよ、じつは。でもその時はまだ突っ張っていて…。いまだに覚えています!僕、倉敷のホールでコンサートだったんです。お客さんもいっぱいいて。「すみません今日は…」なんて言うと、久 米さんが「こうせつさん、いつか出てくださいね」って言うんだけれど、久米さんの表情がどっか「コノヤロー、バカヤロー」って言っているのがわかるんですよ(笑)。いやぁ、こちらも、頭は下げるんですけどね。でもねえ、そうゆう時代もあった。あれがあって、今があるんだね。 黒柳さん あなた、1位になったのに「出ない」って言ったの? 南さん そう。そういう時代があった。 黒柳さん まあ、久米さんは謝り専門だったから(笑)。出たってよかったのにね。でも、出なかった方も大勢いたんですよ。『ザ・ベストテン』の人気はそれですよね。その人を尊重するっていうか。せっかく1位になっているのに出たくないって言っているんだから、この人は。お亡くなりになったけれど山田修爾さんが「なんとかお願いします!」って一生懸命交渉していたんだけど、だめだ!ってことになると「じゃあ、しょうがない」って言って、その方を尊重して。番組では、「1位の『神田川』の南さんは、今日は、残念ながらどこそこでコンサートやってらっしゃって、出られないとおっしゃっていますので」って謝ってね。でもまあ、そういうのがあって今があるんですよね。 南さん そうなんですよね。そういうのがあった。 黒柳さん でもあれは出てもよかったんじゃないかな。 南さん (笑)。早く、運命に任せて「YES」って思える場所に行っていたら…。 黒柳さん 結局、あとから、そんなことを言っていた人たちも、ずいぶんとみんな出たもんね。要するにね、親が喜ぶとかね。そういうことで。 南さん 紅白歌合戦と一緒だね。紅白も、その頃は出てないんですよ。40過ぎてから初めて出た。20代でヒットした曲なのにね。固まっていたんだね、全部自力本願で、って思いがあって。でも、結局はみんなが喜んでくれるなら、って。 黒柳さん かたくなであるべきだ!みたいな、そういうのってあるんじゃない、音楽家の人たちはさ。特にニューミュージックの人はさ。 南さん あの時代の人はね。 黒柳さん あの時代の人は、みんなそう。すごく多かったですよ。『ザ・ベストテン』では、第1週目から謝っていたもん、久米さんが。 南さん (笑) ――黒柳さん、南さん、 今回はお時間をいただき、ありがとうございました。 ●黒柳徹子さん プロフィール 女優、タレント、エッセイスト、ユニセフ親善大使。1950年代から『ヤン坊 ニン坊 トン坊』『若い季節』『夢であいましょう』などでラジオやテレビで活躍、NHK紅白歌合戦の司会を務めるなど、多彩な才能を発揮。テレビ朝日『徹子の部屋』は1976年から39年間続く世界的な長寿番組としてギネスに も登録されている。 ●南こうせつさん プロフィール 大分県生まれ。アーティスト。1970年「かぐや姫」を結成し、『神田川』『赤ちょうちん』『妹』などが大ヒット。解散後もコンサート活動をベースに、日本人アーティストとして初の武道館公演を成功させるなど、数々のイベントを行っている。また、日比谷野外音楽堂での野外コンサートも23回目を迎え、平和や自然など時代を見据えた活動も積極的に行っている。

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その他のワタシたちの、センタク。