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対談企画 南こうせつさん 黒柳徹子さん 「ワタシたちの、センタク。」

何事も自分でセンタクするって、とっても大切なことだと思いますね。

テレビや舞台のお仕事に大忙しの黒柳さんと、精力的に音楽活動を行っている南さん。いつも自分らしくあるために、お二人にはそれぞれ大切にしてきたセンタクがあるとか。今回は、お互いのセンタクについてお話ししていただきました。

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お二人にお話を伺います。これまでの人生を振り返ってみて、思い出に残る「センタク」はありますか?

南こうせつさん(以下、南さん):ありますねえ。なんで歌手になったのか、とか、プロでやっていこう!と決心したときのセンタクとか。最初に活動していた「かぐや姫」という3人のグループは、みんなで「最初の1年間だけ大暴れしよう」ということでやっていたんです。それで期限が来たとき、ほかの2人は大学に戻ったんですが、「僕はここからプロでやろう!」と。この業界に少し足を突っ込んでみて見えてきたものというのがあって、「あ、このまま引き下がらず、もう1回チャレンジしてみたいな」というセンタクはありました。そんなことを思い出しましたね。

黒柳徹子さん(以下、黒柳さん):人生のほとんどがセンタクの連続だと思うんですよね。こっちに行くか、あっちに行くかだとか、この仕事をするとかしないとか。ほとんど1日中センタクしてますよね。例えば、お惣菜買いに行ったって「このお魚とこのお魚どっち買おう?」とか。いろんなセンタクがあって、暮らしていくわけですよね。

フランスの詩にもそのようなものがあって、「もしも、あのときのセンタクがなかったら」って話なんですが、『もしもあのとき 君と歩いているときに 君が襟巻を忘れなかったら あんな暗闇で僕がママから借りた襟巻を君がしているのを抱きしめたりしなかったのに もしもあのとき 君と立ち止まったときにそこが木陰でなかったら 君にキスすることもなかったのに』って。

ものすごい偶然とセンタクが一緒になっている、ということですね。人生って、そういうもんだって思うんですよ。その時々に、どんなセンタクを一つひとつしているかどうかで、人生って決まってくる。だから「何が食べたい?」って聞かれたときも「なんでもいいわ」じゃなくて、やっぱり「私は○○がいいです。○○が好きです」っていうように答えるべきね。「何でもいいです」って言うのはダメね。ゴハンなんか、特にそう。その人のフトコロ具合もありますけれども(笑)。若いときなんかは、あんまり高いものを食べたいと言ったら悪いわって思うけど、「何がいい?」って聞かれたら、その男の人がおごれそうなお店をこっちが言って。そういった思いやりもありながら、やはり自分が食べたいものを言う、と(笑)。

「大きいセンタク」とか「小さいセンタク」とかいろいろありますけど、やっぱり、すべてのことを「センタク」をして生きていくものだと思います、人間って。まぁセンタクをしても、自分のそのセンタクが間違っていなかったかどうかは、後になんなきゃ分からないことも多いですけど…私は、それはそれで、とても面白いことだと思います。

南さん:センタクの仕方も、いろいろありますよね。何がいい?とか何が食べたいか?と聞かれたとき、日本人は、ハッキリ言うと摩擦が起きるんじゃないか、と気にしすぎているような気がします。だから、例えば「飲みものはどうしますか?」と聞かれると「コーヒーでいいです」と答えるんでしょうね。でも「コーヒーで」じゃなく「コーヒーが」と言った方がいいんだよね。

黒柳さん:私はそんなときも、自分が好きなものを言っちゃいますけどね。

南さん:僕は、「○○○で」という言い方で、ものすごく奥さんに怒られたことがあるんです。「飲みものを用意するけど、お茶かコーヒーか、どっちがいい?」と言うから、ハッキリと言って叱られるのが怖くて「コーヒーでいいです」って言ったんです。そしたら「だから、どっち!?」と叱られましたよ。徹子さんのように、キチンと言ったほうがいいですよね。とくに、外国なんか行ったときには。

黒柳さん:そりゃあ、そうでしょう。

南さん:ハッキリと言うもんね、向こうの人は。せっかく親切にお茶とかワインとか出したら、「いや、いい。いらない」とかね。ここまで用意しているのに、なんだこいつは!ちょっと付き合いで飲めばいいのにって思うけど、あれはあれでいいんだね。国際ルールとして。

黒柳さん:私はお酒は飲まないから、はじめっから「飲みませんよ」って言う。

南さん:ハッキリと言った方が親切なんだね。

黒柳さん:「あなたは、お飲みになって結構ですよ。私はお付き合いはしますよ」と言うんです。そういう風に、ある程度ハッキリしておいた方がいい。

南さん:ほかにもセンタクということで言えば、例えばゴルフに行って、「ここでは7番アイアンだろ」とか「ピッチングだ」とか、風が吹いてきたらから、ちょっとクラブを変えるとか。そんなセンタクがあるわけなんですよ。それで失敗したら「あのときに、こうしてたら…」とか「あのときに、こうしなかったら…」とか、「たらればゴルフ」って言うんですけど。人生にしたって、もし何かのリスクを背負ってセンタクして、結果的に良くない方が出たとしても、また違うところで良いことがあるんですよね。

黒柳さん:なるほどね。

南さん:必ずある。人生の帳尻は、良くできているんですよ。

黒柳さん:昔ね、向田邦子さんから習ったことだけど、「『人生は、あざなえる縄のごとし』って知ってる?」って、向田さんがラジオやっているときに、私に聞いたんです。私のドラマのセリフにその言葉があったんですけど、私も若いときだったんで「知らない」と答えたら、「人生って、こっちは不幸せな縄。こっちは幸せな縄。その2つの縄で編んであるようなのが人生なの」って向田さんが言ったの。それで私は、「両方とも幸せな縄で編んだものはないの?」と聞いたんだけど、「ないの!」って言われた。

だけどね、向田さんの人生なんか本当にその通りでしたよね。とくに終わりの方なんて、乳がんになって。良くなったと思ったら、直木賞。直木賞のパーティーをしたと思ったら、その後、飛行機事故に遭って。そのときに思いました。向田さんが「人生は、あざなえる縄のごとし」って教えてくれたけど、本当にそうだなって。

「あのとき、よくこのセンタクをした!」「そのセンタクのおかげで、今の自分がいる!」など、今でも自分で褒めてあげたいセンタクはありますか?

南さん:二十歳の頃は、めげずにその日1日を楽しんでいたから、それはそれで褒めてあげたい。明日のことなんて考えない。夜中の3、4時までフォーク仲間と飲んで、かわいい娘があの店にいると聞くとそこから店をまた移して。原宿から渋谷の方へ。で、いなかったら、もう1件新宿の店に行こうって。そういう風に日々を100%生きたんですよ。生きて、結婚もできて、今、自分がここにあることを考えると、若い頃に、あまり明日に警戒心を抱かないで、今を一生懸命楽しむっていうのはすごく良かったなって、自分では思っています。

黒柳さん:私は二十歳ぐらいのときに、オペラ歌手になろうと音楽学校に行っていたのだけど、途中からは上手くいかないだろうなと思ったんで、これは結婚するしかない!と思って。それで、結婚するにあたって掃除・洗濯・お料理ができる女性はいるけれど、自分の子どもに上手に絵本を読んであげたり、人形劇をしてあげられるお母さんになりたいなと。人形劇は当時、日本にもなかったし、テレビもまだ無い時代ですから。そしたら、銀座の交詢社というところで、人形劇の『雪の女王』をやるってポスターがあったんですよ。それで私、銀座も交詢社も行ったことなかったんですけど、探して、人形劇っていうものを見に行こうって思ったんです。そうして行ったら、すっごい面白くて。お姉さんが手にお人形を2つかぶせて、そんな人が何人もいて。膝をついて、手をこうやって動かして、いろんな子どもの声を出してね。それで見ている子どもたちが、ものすごく笑ったりしているんですよ。音楽も良くてね。それで私、「こういうものが人形劇なんだ。こういうのを自分の子どもにやってあげたら喜ぶだろうな」と思って。

それで母に「人形劇や絵本ってどこに行けば学べるのかな」と聞いたら、母が「新聞に出ているんじゃないの?」って言ったんですよ。後で考えたら、うちの母は、なんてアバウトなんだと思ったんですが(笑)。その日の新聞を開けたら、たまたま紙面の真ん中に〈NHKがテレビを始めるので俳優を募集する〉と出ていたんです。それで、NHKに行けば人形劇を教えてくれるかもしれないと思って(笑)。じつはその広告は1日しか出さなかったそうなんですけれど。

これからテレビが始まるから俳優を募集します。素人で構いません。背は何センチ、年齢は何歳とか、いろいろ書いてあったんだけど、全部あてはまったので応募して。で、なんだかんだNHKの試験受けて、6,000人ぐらいから13人くらい残ったんですよ。試験のたびに何かをセンタクしていたら、そこまで行った。最終審査に残ったんですよ。あのとき、もしも交詢社に行かなかったら、人形劇を見なかったら。新聞も見ることもなく、NHKの募集を見ることもなく。そういう意味では、母が「新聞に出ているんじゃないの?」って言ってくれたのはありがたかったですよね。普通に結婚して奥さんになって、子ども10人ぐらい産んで暮らしているのも楽しかったのかなとは思いますけれども、まぁ、今の生活が良かったと思っているので。

しかも、その人形劇の音楽が良かった!と思っていたら、なんと芥川也寸志さんだったんですよ。後になって『音楽の広場』というテレビ番組で芥川さんと一緒になった時に、『雪の女王』という人形劇がとても良かった!と言ったら「あの音楽は、僕だよ」って。それで、うんと驚いたら「あのときの男性コーラスがあったでしょ?あれもよかったでしょう?」って聞かれて「うん」と答えたの。そしたら、そのコーラスは、その頃、まだ慶応義塾大学の学生だった「ダークダックス」だったの。すごい驚いた!しかも、人形劇をやっていたのは「木馬座」の藤城清治さんだったんですよ。私が銀座に行って偶然に見た人形劇を、こういうのがいいなと思っていたら…いいのはあたりまえ!全部、最高のスタッフが作ったものを見ていたんですから。 そういうことがあるので、やっぱり行動に移してみるのも悪くないって思いましたね。

NHKもね、入社するには6次ぐらいまで試験があったんですよ。ま、私は全部の成績が悪かったんですけど。NHKは私があんまりできないから「1人くらいこういう芝居とか何も出来ない人を、テレビっていう新しい仕事に採用しましょう。無色透明!」、って後から言われたんですけど。私、無色透明でNHKの専属になったの(笑)。

今だから言うけど、応募のとき、自分で願書を持ってきなさいって書いてあったのね。それを私はボーッとして、郵便で送っちゃったんですよ。そしたら戻ってきたんです。そこには「持ってきなさいって言ったのに、あなたはどうして送ったんだ?」って書いてあって。書類が戻ってきた日も運が良くて、私が学校をサボってウチにいた日だったの(笑)。しかも、戻ってきたその日が締切だった。そのとき洗足池に住んでいましたから、新橋のNHKまでそんなの持っていくの嫌だなって思ったんだけど、でも、学校サボってたまたま家にいた時に戻ってきたし、もし学校に行ってたら持っても行けなかった訳ですから、だったら行こうかなと。そして新橋に行って願書を出して。わたしが行った直後にガラガラと戸が閉まって、これで終わりっていう時間ぐらいで。本当に、そうやって一つひとつセンタクして、ここまで来たというか。とくに、センタクの出発点が一番ね。

南さん:黒柳さん、とにかくすごいなぁ(笑)。

黒柳さんは「直感というのはコンピューターには入らない」とおっしゃっているのを聞いたことがあるのですが、すべてインスピレーションに従った結果ということになるのでしょうか?

黒柳さん:偶然も重なるんですよね。そういうのは神様みたいな人が上で、塩梅を見ているというか糸を引いているのかなと思ったりするぐらい。そうじゃないと人の話にしても、ありえないような話って、あるじゃないですか。

南さん:うーん。深いなあ(笑)。

黒柳さん:それでね。うちの父親がNHKの交響楽団のコンサートマスターをしていましたから、NHKの受験を父が反対すると思っていたんですよ。だから父のことはNHKに秘密にして、父親の欄に「無し」って書いて。そしたら最終的に面接で、「『黒柳』という名前だけど、これはバイオリンの黒柳さんと関係あるの?」って、いきなり言われちゃったんです。そのときに「知りません」というとウソになっちゃうでしょ?どうしようかなと思って。父は絶対反対すると思ったんですけど、「それは父です」って答えたんです。そしたら「お父さんに相談してきたの?」って。だから「父は、こういうみっともないことはやめろ、って言うと思うんですけど…」って言っちゃったんですよ。言ってから、「みっともない」なんて大変なこと言っちゃった!と気づいて。「父はみっともないと言うかもしれませんが、私はどうしても入れて欲しいんです!」って続けたんですが、審査員がもう大笑いしてて。もう本当にダメだ!と思いました。そういうのがいくつもあって、もう、お話にならないくらい。

2日目は筆記試験だったのでNHKに行ったんですが、誰もいない。おかしいな、みんな落ちたのかな?と思って喜んでいたら、その日の筆記試験の会場は、明治大学の講堂だったんです。もうダメだ、ウチに帰ろう、と思って新橋の駅までプラプラと行ったら、なんとお財布の中にお正月にもらったお年玉の千円札があったの。それで私、明治大学がどこにあるか分かんないから、タクシーの運転手さんに千円札ヒラヒラさせて、「これで明治大学まで行けますか?」って言ったら「行けますよ」と言われて。それで明治大学に行ってみたんですが、試験がもう始まってたんですよ。係の人に「早く早く!」と言われて自分の席についたのですが、答案用紙みても全然、できないんです。だけど、短所と長所を書きなさいという項目があったから、長所はウンと、こてこてと書いて、短所はちょこっとだけ書いて(笑)。そこが面白かったんでしょうね。ほかの問題は、全然できなかったですから。

NHKもNHKで、素人で構わないと募集しておきながら、NHKの放送した昭和何年の文部大臣賞を受賞した作品は何かみたいな問題があって。そんなの「知らなくていい」って言っときながら、問題出すのは変!って思って。それで隣の男の人を見たらいっぱい書いてるから、「教えて頂けませんか?」って聞いたら「イヤです!」って。そりゃ嫌でしょうね。

一同 笑

黒柳さん:試験はできなかったんですけど、長所と短所だけで受かったんだろうなと思いました。そんなようなセンタクがいっぱいあって、入社するまでも大変でしたが入社してからも。いろいろと大変なことはありました。まあ、運が良かったんでしょうね。

番組を選ぶときなんかも、センタクしていますね。「これはやる」「やった番組は全部長く続かせる」とかね。『徹子の部屋』も来年で40年、『世界ふしぎ発見』も、もう30年目ぐらいになります。

南さん:『世界ふしぎ発見』はすごいですね。だってレギュラーでずっと出演し続けているのって、徹子さんだけじゃないですか?

黒柳さん:野々村さんがいる。野々村さんは1回いなくなって、また戻ってきたの。

南さん:1回いなくなって戻ってきてるから、出演し続けているのは、やっぱり徹子さんだけですね。

黒柳さん:30年間ね。『ザ・ベストテン』も12年やりました。NHKの『音楽の広場』は10年。自分が、これはいい、これは好きって思える番組をやったら長くなったっていうのが、やっぱり仕事を長くやってこれたことなんでしょうね。

ドラマとかは3ヵ月やったら終わりですものね。長く続けるのは、舞台も同じよ。約30年間、毎年、銀座のル テアトル銀座で舞台をやって、これからは六本木のEXシアターです。ユニセフの親善大使も30年間やっていますね。やっぱり、何年もやらせて頂くので、得るものは多いと思います。

南さん:やっぱり「好き」っていうのが「キーワード」かもしれないね。好きなことか、ワクワクできるかが、センタクの基準になっています。その基準でセンタクしてみると、必ずいい方向に行きますよね。道が開けてくるというか。自分では感じていないけれど、きっと魂が喜んでいるんでしょうね。そっちに行け!行け!って、好きなことやワクワクすることの方へ。

「最初はイヤだったけれど、今考えたらすごく良かったな」というセンタクはありますか?

黒柳さん:私は好きなことだからやる!っていうのが先にあるから、ちょっとイヤだけどやってみるか、というセンタクは少ないです。とくに番組となると、あんまりない。もし、あるとしたら結婚ですね。

南さん:結婚はね、もう、はずみですよ。最初から。

黒柳さん:でも私は、はずみでも上手くいかなかった。3回お見合いしたんですけど。初めの2回はダメで3回目は決まりかかって結納するくらいまで行って。脳外科のお医者さんだったんですが…。とってもいいおウチで、男兄弟4人の長男なの。でね、お母様が娘を育てたことがないから、私と銀座に行くと何でも買ってくださるのよ。うちの母なんか、ぜんぜん買ってくれなかったのに(笑)。だから、このおウチにお嫁に行ったら、きっといいわと思って。その上、そちらのお母様が、「七重の膝を八重に折って、お嬢様に来て頂きたい」なんておっしゃったから。それじゃあお嫁に行こうかなと。うちの母も「分かったわ。でも、いくらお金持ちの家だからと言っても、オーバーなんかは作って頂けないかもしれないから」って、そのときに景気よく4枚ぐらいオーバーを作ってくれたんです。自由が丘の駅のとこにあった洋服屋さんで、ピンク色でねずみ色の毛皮なんかがついてる可愛らしいのを。私もそのつもりだったけれど、当時、出演していた番組の作曲家の先生で一度離婚したことのある方に、「結婚しようと思うんです」と言ったら「もし君が相手に対して1カ所、ここがイヤだと思うことがあったら、やめた方が良いよ」と言われたんです。全部がイヤだったら結婚しないと思うけど、ひとつくらいイヤなところがあるだけで、まあいいかと結婚すると、あとから気になってきて、やっぱりダメだと思うことになるよって、その先生がおっしゃったんです。そこで、私も考えてみたの。そしたら、その相手の方の歩き方が、なんかイヤだったんですよ(笑)。

どこかに結婚したくない、って気持ちがあったのかもしれないけれど。どうかなって思ってきて。母に、やっぱり結婚をやめようと思うと話したら、母も「そうね、そのほうがいいわね」って。すごくいいおウチちだし、結納近くまで進んでいたのにやめることになったんですよ。お返しなんかして、もう大変でした。だからね、それ以来、母は、作ってもらったオーバーを着て私が出かけようとすると「結婚サギ!」って言いました。

南さん:おもしろすぎる!

黒柳さん:結婚していたら、していたで幸せだったかもしれませんが、今、私がやっているいろんなことを考えてみると、やっぱり自分がしたい!と思っていることをしているので、そのとき、結婚しなくて良かったのかなって。

結局、結婚サギは一度だけでしたね(笑)。この前、結婚情報誌のコマーシャルに出たときに、台本に「2、3回結婚しようと思ったことがあったわよ」というセリフがあったの。それは本当のことなんですけど。タイミングとかそういうのって、あるんですね。加減とか。それと、若いころに結婚しようという話になった人がいたんですけど、その人に「考えてみると、結婚ってそんなに楽しいものじゃないよ」と言われたんです。「税金払ったり、親戚の葬式行ったり。そんなのって面倒だろ?」って。「僕が仕事に行っているあいだ、きみはご飯を炊いたりして、おみおつけができただの、できないだの、あっためるだのして。そんなことで悩んでいるより、自分がどれくらい仕事ができるかを試した方がいいんじゃないの?」と言われて。それもそうだなと思って、それもやめたんです。ほかにも結婚しようと思った人がいたんですが、本当にタイミングがありますよね。それで結局、結婚しないままに今日まで…。

でもこれから先、お茶のみ友達とか、一緒に旅行する人が誰かいたらいいなって思ってたんですが、やっぱり難しいのかなと思ってます。私と同じ歳の男の人なんか、みんなくたびれてますし(笑)。もし結婚したとしても、すぐに介護ですよって、みんなが言う。じゃあ10くらい年下がいいかというと、70歳くらいの人ってこれまた相当疲れてきているの。結局、20違ったって60歳でしょう。60歳くらいの人もね、旅行へ行って鞄を全部持ってよ、なんて言いにくいところあるじゃない?

南さん:60を過ぎるとね。

黒柳さん:チャッチャとやってくれる人となると、50歳ぐらいになるのよ。そうすると、30歳も40歳も若い人とは結婚できないと思うのよ。難しいなぁ、人生は。お友達はいっぱいいるのよ、一緒に楽しく過ごしていますけど。今も一人で、お友達と楽しく過ごそうとしている人は、ものすごく努力していると思います。おばあちゃんみたいになっちゃわないように、ってね。面白い話があったら忘れないようメモしておいて、いつでもすぐにお話をして笑わせたり、みんなと同じくらいの量の食事をとるとかね。私はすごく食べる方ですが、みんなと一緒に食事をするとき「私はいらない、そんなに食べられない」とか言うと面倒くさいじゃない、みんなが。

南さん:なんか、白けちゃうよね。

黒柳さん:白けるでしょ?だから私は、みんなと同じぐらいどんどん食べるか、それ以上に食べたりもする。

南さん:ある打ち上げでね、徹子さんと一緒に焼肉に行って。僕は、徹子さんの隣の席だったんだけど。なんていうか、ものすごく積極的でしたね。ぐわーっと食べて「次はあれをちょうだい」って。積極的でした。僕なんか負けてしまいますね(笑)。

ご結婚されている南さんに質問です。結婚のセンタクがあったということは、離婚というセンタクもあると思うのですが、考えたことはありましたか?

南さん:ありますよね、ありました。あるとき、夜にものすごくトラブったから、もうこれはダメかなと思って。だから、翌日どうやって謝ろうか、朝ご飯を食べるときにどんな対応をとろうかと悩んでいたら、奥さんはすっかり忘れた!という感じでいつも通りに「おはよう!」なんて。僕、あんなに叱られたのに、どうなっちゃってんの?ってことが何回かありましたけど。

黒柳さん:なんて、いい奥さま!ラッキーですね。

南さん:結婚する前に一緒に同棲しているような感じの時期があって。まわりの友達からも結婚をあおられていましたが、そのうちに『神田川』がヒットしたりして、名前が知られて。週刊誌の取材なんかもたくさん押し寄せたりして。もう煩わしいから、結婚してしまおう!となったんですよね。

だから、相手に「きみを一生離さない」とか、「僕についてきてくれ」とか、「きみが一番美しい、愛しているよ」とか言うセリフを吐かないまま、もううわーっと押し上げられて、向こうの親戚も来て、結婚が決まった感じ。そしたら、結婚して3カ月ほど経った、まだまだ新婚のある日の朝に、奥さんが「本当に私と結婚する気あった?」と急に聞いてきたの。聞かれてすぐに「YES!」と答えればよかったんだけど、「それはこうして縁があったんですから…」って、僕の答えが長引いたんですよ、そしたら向こうは「私は、なかったわ」と。そしたら僕も「だよねぇ」ってなって。でも、おばあちゃんも悲しむし、みんなに引き出物も配ってしまったし、離婚となると何かと大変だよね。じゃあ、行くところまで行ってみようか!で、今に至っています。

黒柳さん:本当に!?いいわね、そういうの。

南さん:行くところまで行こう!で、今に至る、なんです。

黒柳さん:もう、何十年?

南さん:40年。だから、僕たち夫婦には、つねに、明日は別かれるかもしれないって思いを背負いながら生きている。

黒柳さん:お互いに気をつかうから、その方がいいんじゃないの?

南さん:だからね、友達が結婚すると言って、ウエディングドレス着た奥さんをお姫様抱っこして撮ったお便りを送ってきたり、結婚式に参列したときに、前でキスしたり。それにものすごく憧れてね、今も憧れているんだけど。そのタイプのカップルは、結構離婚してますね。大好きの絶頂で結婚まで行くと、お互いにいいところしか見せてないから、一緒になってからどんどんメッキが剥げだしてしまって、別れてしまう。だから若い人には、さっきの話とは矛盾するんだけど、「相手のイヤなところを好きになったら結婚していいよ」ってGOサインを出すんです。

南さん:それがね、面白いんですよ。それまで2人で過ごした日々というのがあるじゃないですか。5年、10年、30年、40年って。この人と一緒に過ごした日々が、年月が、めちゃくちゃ愛おしくなってくるんですよ。これが結構な快感で。それをもっと分析すると、40年間よく我慢してきたな僕、と自分自身が愛おしくなってくる。それで長続きするんですよ。

黒柳さん:我慢するという意味ではないけれども、やっぱりこんなに長い間、だれかと毎日、一緒に過ごすことができるというのは、人間って面白いなって思いますね。

南さん:30年、40年、男の人と一緒に暮らしたっていいじゃん!友達なのか、仕事仲間なのかは分からないけれど、長い年月を過ごした男性とひとつ屋根の下に過ごしていて、もしその人が倒れたら…やっぱり「大丈夫か!」って一番最初に看病に行きますよ。奥さんも、その感じに似ているんですよ。もう好きとか恋愛じゃなくて、一緒に過ごした「日々」が愛おしいですね、僕は。

黒柳さん:そういうのって、人によっていろいろですよね。

南さん:そうなんですよ。僕は、そうやって解釈していないとダメな質です。

黒柳さん:まあ、どっちにしても結婚って大変なんですよね。

南さん:本当、大変!

黒柳さん:親にしても、兄弟にしても、大変なんだから。人間が一緒になって暮らしていくっていうことは。

南さん:とりあえず、何かあったら半分は我慢しないといけない。それが四分六だったり、七三だったり。

黒柳さん:そうよね。それが、毎日のことでしょう。旦那さんが帰ってきたから、ご飯食べるの?食べないの?って、もう、それは聞かないで貰いたい!とかさ。それはそれは、いろいろとあると思うわよ。

南さん:徹子さんは、どんなに忙しくても夜10時〜深夜2時の間は寝て、家でやる仕事があればそこからやる、とおっしゃっていましたが。もし徹子さんが結婚しているとして、今から家に帰って「もう眠いから」といって歯磨いて、シャワー入って、10時くらいにドーンと寝る。そして2時ぐらいに起きて生活していたら、旦那さんに全然会えないですよ。

しかも、なんで夜中に起きだして仕事しているんだ、俺は迷惑だ!ってトラブルのもとですよ。 でも、自分のためだけに時間を使えるっていうのが良いですよね。結婚するとそうはいかない。半分は相手も気を使わないといけないし。

黒柳さん:でもそのかわりに誰かと一緒にいた方が、雷が鳴ったり、ガタガタと家が揺れたりした時に一人でいるより心強い。それはいいことだと思いますよ。だから、どっちのセンタクがいいかとも言えないですよね。

お二人の少し未来のセンタクについてお話を伺いたいと思います。これからどんなセンタクをしていきたいと思っていますか?

黒柳さん:具体的なものだと、ロシア生まれの楽器の「テルミン」ね。空中をかき回して音を出す、アレです。テルミンを考え出した人は天才だと思うんです。だって電磁波が出ている箱に棒が出ていて、そこにアンプを付けているだけなのに、ウィ〜ンウィ〜ン♪って音楽が流せるんだからすごいじゃない?素敵な音なのよ、上手く演奏できれば。出ないときはもう、ギーー、ヴィーーって、ひどいもの。サイレンみたい。

で、映画で見て、私も演奏したくて、テルミンの先生に習いに行ったの。そしたら、その先生がすごいこと考えついてね。テルミンの箱を、ロシアのマトリョーシカの中に入れ込んで、マトリョーシカ型のテルミンを作ったの。マトリョーシカにむかって手をかざすと、ウィーン、ウォーン♪って音が流れるものを作ったんです。ほかにもいっぱい生徒さんがいてね、みんな大勢で合奏をしてギネス記録になったそうで。それで、黒柳さんも入りませんか?と誘われて。私も、マトリョーシカの顔が大好きなパンダになっているものを作って頂いたので、いま、稽古してます。

テルミンは、ちゃんとしたメロディーを演奏するのが難しくて。最近は、近代音楽の方が使ったりするんですって。映画のタイトルのテルミンは、発明者の人の名前なんですよ。 ロシアの科学者が作ったの。私、音楽家の家に生まれたから、バイオリンを演奏するのがどんなに難しいかということを分かってる。だけど、空気を手でかき回しただけで音がでる楽器なんて素敵!私、5歳からピアノやってても、ろくにピアノが弾けないのに。そういうこともあって、どうしてもテルミンをやりたいって思ってたの。

南さん:うーん、どうしようかな。

黒柳さん:私が思うに、毎日やっていることで、あなたは精一杯なんじゃない?

南さん:うん!精一杯。

黒柳さん:だってこの方すごいと思う!あんなにステージを精一杯にやってる人だから、ほかのことなんかできないわよね。

南さん:この間、コンサートが終わった後に、みなさん良くご存知の同世代のミュージシャンといろんな話をしていて。「俺の人生のなかで、もう一回、子どもをつくりたいよね」って、一緒にうなずきました。 彼が言ったのは、多分もう一度、高校時代のように恋愛にしっかりと正面から向き合うとか、輝いていた青春をもう一度味わいたいとか、そうゆう意味だったんでしょうけど…

黒柳さん:それはムリでしょう!

南さん:ムリでしょって、それは極端な話ですよ…無理かあ。いや、でも、子どもをつくりたい、恋愛がしたい言っていることは分からないこともない。昔、良寛(りょうかん)というとても博識がある方で和歌が得意な僧侶がいまして。ずっと庵に住んでいて、ときどき村に出て子どもたちと遊んだり、仏教を説いて回ったりしていたんです。70になった頃、貞心尼(ていしんに)という若い尼さんに出会うんです。そして2人は、恋をする。良寛のその頃の歌がとても生き生きとしている。彼女との歌のやりとりをみても、そういう気持ちを持つということには憧れますよね。

黒柳さん:そりゃあ、そうですよね。

南さん:貞心尼も、良寛のことをすごく尊敬しているんですよね。親子ほど歳が離れているのですが、出会ったときに「きみにかく/あひ見ることの/うれしさも/まださめやらぬ/夢かとぞおもふ」と詠むんです。そしたら良寛が「夢の世に/かつまどろみて/夢をまた/語る夢も/それがまにまに」と返すんです。その後、二人で夜がふけるまで話しているうち、良寛が「白妙の/衣手寒し/秋の夜の/月半空(つきなかぞら)に/澄み渡るかも」と、こんなに月がのぼる時間までいても大丈夫ですか、と歌を詠む。すると彼女が、貞心に私が目の前にいて喋っているのに、あなたは月の事が気になるのかって怒るんです。私をもっと見て欲しいと。

良寛は74歳で亡くなるのですが、最期は彼女が看取るんです。「うらを見せ/おもてを見せて/散るもみぢ」と。すべてを出しきって最期を迎えるという。やはり男は、そういうロマンにあこがれるというか。恋愛して、無心に帰るというか、少年時代のような気持ちになって人を愛したいと思う。そういう欲求のことなんじゃないかな。

黒柳さん:それが本当の恋愛のような気もするし。

黒柳さんが東和薬品のCMに出演されたきっかけは、ジェネリック医薬品が社会貢献にもつながる、という点で共感いただけたからだとお伺いしましたが?

黒柳さん:ジェネリック医薬品に関して、みなさまずいぶんとお分かりになっていると思います。ジェネリック医薬品がどれだけ研究し尽くされて世に出たおくすりなのか、ということですよね。おくすりの特許が切れたあと、新薬と同じ成分、効き目で、しかも安いということはもちろんですが、飲みやすい工夫がされているなど、新薬をより患者さんにやさしくしているおくすりもあるということを、もっと知って欲しいですね。

でもこのごろ、「ジェネリックください」って窓口で言う方が増えているっていうお話を聞きましたよ、私。そういうことって、大切だと思うんです。

南さん:特許の期限切れと聞いて、僕は最初、お菓子とかの賞味期限切れのようなイメージを持っていました。しかし、今回のことをきっかけに、今、黒柳さんがおっしゃったようなことを知ったわけです。ジェネリック医薬品について知らない人も、まだたくさんいらっしゃると思います。これからは、もっともっとみんなに知らせていきたいですね!

黒柳さん:水なしでも飲める「RACTAB技術※1」を使ったおくすりがあることを知ったら、みなさん、絶対にジェネリック医薬品※2をセンタクすると思う!

(医療費が増えすぎて、もし国民皆保険制度が維持できなくなったとしたら)やっぱり病気になったときに、すごいお金持ちの人とそうでない人が、違う待遇を受けるっていうのは悲しいじゃありませんか。だから、そういうときにも、みなさんが平等にお医者様に受診できて、良いおくすりが飲めて、しかもそれが安く手に入るんだったらなおさらいいんじゃないかな、と思っていますね。

黒柳さん、南さん、今回はお時間を頂き、ありがとうございました。

※1 東和薬品が独自に開発した製剤技術のこと。水なしでも飲めるOD錠(口腔内崩壊錠)をさらに飲みやすく、扱いやすくする技術です。
※2 ジェネリック医薬品の全てがRACTAB技術を使ったおくすりという訳ではありません。
※  この対談は2014年10月に行われました。

プロフィール

南こうせつさん
大分県生まれ。アーティスト。1970年「かぐや姫」を結成し、『神田川』『赤ちょうちん』『妹』などが大ヒット。解散後もコンサート活動をベースに、日本人アーティストとして初の武道館公演を成功させるなど、数々のイベントを行っている。また、日比谷野外音楽堂での野外コンサートも23回目を迎え、平和や自然など時代を見据えた活動も積極的に行っている。
黒柳徹子さん
女優、タレント、エッセイスト、ユニセフ親善大使。1950年代から『ヤン坊 ニン坊 トン坊』『若い季節』『夢であいましょう』などでラジオやテレビで活躍、NHK紅白歌合戦の司会を務めるなど、多彩な才能を発揮。テレビ朝日『徹子の部屋』は1976年から39年間続く世界的な長寿番組としてギネスにも登録されている。

WEB限定ムービー   ワタシたちの、センタク。  編

「やすくて、高い、ジェネリック」篇

「やすくて、高い、ジェネリック」篇

対談

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